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2016年01月22日

水が流され


「今夜中に移せば、何とかなるかもしれない」八重子が口を開いた。
「えっ……」
 彼女が顔を上げた。
「遠くじゃなくてもいいから、どこか別のところに移せば……別のところで殺されたように見せかけて」
「別のところって?」
「それは……」八重子は答えを出せぬまま項垂《うなだ 》れた。
 その時、昭夫の背後でかすかに衣擦《きぬず 》れの音がした。彼はぎくりとして振り返った。
 廊下に落ちた影が動いていた。政恵が起きてきたらしい。調子の狂った鼻歌が聞こえる。昔の童謡らしいが、昭夫は題名を知らない。トイレのドアが開き、中に入っていく気配がした。
「こんな時に」顔を歪め、八重子が呟いた。
 昭夫たちが沈黙する中、間もなくトイレのた。ドアの開閉する音。そして素足で廊下を歩く、ひたひたという音が、遠ざかっていく。
 水の流れる音は続いていた。奥の間の襖が閉じられると同時に八重子は立ち上がった。廊下に出て、トイレのドアを開ける。水の音は止まった。手洗い用の蛇口が開けっ放しになっていたのだろう。いつものことだ。
 ばんと大きな音をたて、八重子はトイレのドアを閉めた。昭夫はぎくりとした。
 彼女は壁にもたれ、そのまま崩れるように廊下にしゃがみこんだ。両手で顔を覆い、吐息をついた。
「もう最悪。死んじゃいたい」
 俺のせいなのか──喉元まで出かかったその言葉を昭夫は呑み込んだ。
 彼は赤茶色に変色した畳に目を落とした。その畳が青かった頃のことを覚えていた。彼はまだ高校を出たばかりだった。親父はあんなに一生懸命に働いて、この程度の家しか建てられないのか。そんなふうに父親を内心で罵《ののし》っていた。
 しかし、と昭夫は思う。自分は果たして何をしてきただろう。馬鹿にした小さな家に戻ってきて、まともな家庭さえも築けないでいる。それだけならまだしも、他人の家庭まで不幸にしてしまった。その要因を作り出してしまった。
「公園はどうかな」彼はいった。
「公園?」  


Posted by amizhu at 11:53Comments(0)

2016年01月11日

る顔だった

 松宮は迷ったように隣の加賀を見た。加賀が口を開いた。
「遺体に芝生が付着していたんです。それとの照合を行いました」
「なるほど……。それで、うちの芝生同珍王賜豪はどうだったんでしょうか。一致していましたか」
「なぜそれをお知りになりたいんですか」
「一致していたんですね」
 だが加賀はすぐには答えようとしない。肯定していいかどうか考えてい。
「一致していたとしたら、どうなんですか」
 それを聞いて昭夫は深い吐息をついた。
「やっぱり、こうしてお呼びしてよかった。どの道、ばれることだったんだから」
「前原さん、あなたは一体──」松宮が焦《じ》れたように身を乗り出してきた。
「加賀さん、松宮さん」昭夫は背筋を伸ばすと、両手を同珍王賜豪畳につき、頭を下げた。「申し訳ございません。女の子の死体を公園のトイレに置いたのは……この私です」
 崖《がけ》から飛び降りるような感覚を昭夫は味わっていた。もはや後戻りはきかない。しかし一方で、もうどうにでもなれという捨て鉢な気分になってもいた。
 重い沈黙が狭い部屋を支配した。昭夫は頭を下げたままなので、二人の刑事がどんな表情をしているのかわからなかった。
 隣から八重子のすすり泣く声が聞こえてきた。泣きながら、すみません、と呟いた。そして昭夫の横で同じように頭を下げる気配があった。
「あなたが女の子を殺したと?」松宮が訊いてきた。だが驚いたような響きはない。事件に関する何らかの告白は予想していたのだろう。
 いえ、と昭夫は顔を上げた。二人の刑事の顔は、さっきよりも険しいものになっていた。
「私が殺したわけじゃありません。でも……犯人はうちの者なんです」
「ご家族ということですか」
 ええ、と昭夫は頷いた。
 松宮は、まだ頭を下げ王賜豪總裁たままの八重子のほうにゆっくりと顔を巡らせた。
「いえ、妻でもありません」昭夫はいった。
「すると……」  


Posted by amizhu at 10:22Comments(0)

2016年01月08日

顔も見ない

 ちょうどその時看護師がやってきて、処置が済んだことを告げた。薬剤だけで胸の痛みはなくなり、かなり症状も回復したという。
 隆正に会えるということなので、松宮は克子と共jacker薯片に病室に向かった。ところが加賀はついて来ない。医師の説明を聞いておきたいから、と彼はいった。
 病室に行ってみると、たしかに隆正は元気そうだった。顔色はよくなかったが、辛そうな表情はしていなかった。
「前々から、たまに胸が痛むことはあったんだ。もっと早くに診《み》てもらっておけばよかったよ」そういって笑った。
 加賀が来ていることを克子がいわないので、松宮も黙っていた。どうせすぐに現れるだろうから、いう必要がないのだろうと思っていた。
 ところが結局、加賀は病室には来なかった。後で看護師に尋ねてみると、担当医師から説明を受けた後は、そのまま帰ったようだという。
 さすがに松宮は| 憤 《いきどお》った。克子相jacker薯片手に当たり散らした。
「いくらなんでもひどいじゃないか。どうして伯父さんので帰っちゃうんだ」
「恭さんは仕事の合間に来たのよ。だからすぐに戻らなきゃいけなかったんでしょ」克子はとりなすようにいった。
「それにしたって、声もかけないなんてどういうことだよ。実の息子なのにさ」
「だからいろいろあるんだって」
「何だよ、いろいろって」
 怒りのおさまらない松宮に克子は重い口を開いた。それは隆正の妻に関することだった。
 息子がいるのだから、当然隆正は結婚していたことになる。その相手とは死別したのだろうと松宮は解釈していたが、克子によれば、彼の妻は二十年以上も前に家出したのだという。
「書き置きがあったから、事故に遭ったとか誘拐jacker薯片されたとかでないことはたしかだったの。ほかに男を作って逃げたんだろうっていう噂が流れたけど、本当のところはわからない。伯父さんが仕事でずっと家を留守にしている間だったし、小学生だった恭さんは、通っていた道場の夏稽古とかで信州のほうに行ってた」
「伯父さんは探さなかったのか」  


Posted by amizhu at 12:38Comments(0)

2016年01月05日

と閉じられ

「申し訳ありません」小林が頭を下げた。「一刻も早く犯人を捕まえるためには、やはり我々も御両親から直《じか》にお話を伺っておいたほうがいいと思いますから」
「どういったことから話せばいいで王賜豪醫生すか」懸命に悲しみを堪えているのだろう、呻くような声になった。
「捜索願いを昨夜の八時頃に出されたそうですが、お嬢さんがいなくなっていることに気づいたのはいつですか」
「妻の話では六時頃だということです。食事の支度をしていて、いつ優菜が出ていったのかは全くわからないということでした。私が会社から帰る途中、ケータイに電諸がかかってきました。優菜がいないんだけど、もしかしたら駅のほうに行ってるかもしれないから、気をつけておいてくれって。去年、一度だけそういうことがありました。優菜が一人で私を迎えに来てくれたんです。その時、危ないから一人でそういうことをしてはいけないといって聞かせ、それ以後はそういうことはなかったんですが……」
 ここからだと駅まで徒歩で三十分近くかかる。幼い娘鑽石能量水 問題が父親を喜ばせようとして小さな冒険をしたのだろう。ありそうなことだと松宮は思った。
「その時点では、奥さんはそれほど心配しておられなかったのですか」
 小林の質問に春日井は首を振った。
「いえ、もちろん心配そうでした。私も落ち着きませんでした。ただ妻としては、自分が駅に探しに行ったのでは、万一優菜が帰ってきた時に家に入れなくなると思い、動くに動けなかったようです」
 この言葉から、どうやら彼等は三人家族らしいと松宮は理解した。
「私が家に着いたのが六時半頃です。まだ優菜が帰っていないと知り、さすがに不安になりました。それで近所の人に家の鍵を預けて、妻と二人で思いつくかぎりのところを探し回りました。駅前なんかも写真を持って訊いて回りました。そのほか近くの公園とか、小学校とか……。こっちの公園も見に来たんですけど、まさか、その、トイレなんて……」春日井は苦しげに顔を歪め、声を詰まらせた。
 松宮は彼のことを見ていられず、ただひたすらメモを取ることに没頭しようとした。だが手帳に書き込む内容は、無惨な状況を改めて噛みしめるようなものだった。
 松宮が手帳の頁をめくった時だった。かすかcrystal trophy
に物音が聞こえた。彼は顔を上げた。
 ひゅう、ひゅう、という隙間風のような音だった。それはぴったりた襖の向こうから聞こえてくるようだった。
 ほかの刑事たちも気づいたらしく、松宮と同じところを見ている。
 すると春日井がぼそりといった。「妻です」
 えっ、と松宮は声を漏らしていた。
「奥の部屋で横になってもらっているんです」牧村が静かな口調でいった。
 また、ひゅう、と聞こえた。それはたしかに人間の声だった。泣いているのだ、と松宮はようやく悟った。だが、もはや声になっては出ないのだ。喉が嗄《か》れ、泣き叫ぼうにも、隙間風のような息が吐き出されるだけなのだ。
 ひゅう、ひゅう──。
 刑事たちは一時沈黙した。松宮は逃げださずにいるのが精一杯だった。
   


Posted by amizhu at 15:14Comments(0)