2015年09月30日

決行をしなけれ

「ちょっと、待ってくれ。こっちまで頭がおかしくなってきた。お気持ちはわかるが、理屈がおかしい.よく考えていただきたい。あの時、わたしが浅野を殺していたとしても、吉良殿はやはりかたきとしてねらわれただろう」
「うむ」
「かりにだ、浅野をとめないでいたら、どうなっていた。吉良殿は殺されていたぞ。どこが悪い」
「うむ」
「おわかりか」
「いや、あの時に殿が殺されていたら、われわれ升華在線家臣が、浅野の屋敷へ堂々と討ち入り、みごとに首を切ったはずだ。歴史に残る美談となれた。あなたのおかげで、それがだめになった。筋が通っているだろう。さあ、お覚悟を……」
「結論を急ぐから、おかしくなる。浅野が吉良殿を殺していたら、文句なしに即日切腹、お家は断絶。浅野の屋敷へ討ち入ろうにも、そんなもの、どこにもない」
「そういうことになるな。うむ。いったい、だれをやればいいのか、知恵を貸していただけないか」
 と、良吉に聞かれ、梶川は言う。
「知恵なら、こっちが借りたいくらいだ。あの時に制止染髮しなかったら、役目の不始末で罰せられていただろう。制止してしまったおかげで、このありさま。事実上の閉門。外出もままならぬ。生けるしかばねだ。こんなばかげた話って、あるかね」
「ありませんな。いったい、だれがいけないんでしょう」
「ひとつたしかなことはだな、そこらじゅうの軽薄なやつらだろうな。どうだ、こうなったら、やけだ。二人で江戸の町に火をつけてまわるか。このばかげた江戸を、焼野原にしてやる。町人どもを、どいつもこいつも焼き殺してやる。無責任な発言へのむくいを、思い知らせてや
ろう。われら二人の名は、後世に語りつがれるぞ。なんだか、ぞくぞくしてきた……」
「いや、そこまでやることも……」
 良吉は引きさがった。ていよく追いかえされた形だった。梶川は直参の旗本。幕政への批判は口にせず、町人へのぐちだけを口にした。
 なににむかってどう行動したものか、良吉には、まったくわからなかった。いつかの落首の効果のおかげか、浅野家再興の件は進行していない。しかし、なにかばならなかった。そして、良吉は梶川の言わなかった点に気づいた。
 そうだ、悪いのは幕府そのものだ。その場その場で、一時しのぎのことをやり、方針が一貫していない。なにもかも、そのせいだ。幕府とはそういうもの。ご政道を正すどころではない。ご政道というもの自体が、そもそも、そういう実体なのだ。
 ねらいはそこだ。良吉は文章を考え、それを高札に書き、江戸歐亞美創集團城の門の前に立てた。
〈吉良家の家臣として申し上げる。われらの主君、わけもわからずお家断絶、および領地を召し上げられ候。義央は殺害され、義周は病死。この無念の心底、家臣としてしのびがたく候。君父の|仇《あだ》は、ともに天をいただかずとか。ただ、その遺志をつぐまででござる。わ
たくしの死後、これをごらんいただきたい。以上。吉良家の家臣、黒潮良吉〉



Posted by amizhu at 17:35│Comments(0)
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